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大阪地方裁判所 平成9年(わ)89号 判決 1998年4月16日

主文

被告人A1を無期懲役に、被告人Bを懲役五年に処する。

未決勾留日数中、被告人A1に対しては四五〇日を、被告人Bに対しては四〇〇日を、それぞれその刑に算入する。

被告人A1から、押収してあるくり小刀一本(平成九年押第四九号の2)、さや一個(同号の3)及びバール二丁(同号の4)を没収する。

理由

(認定した事実)

第一  被告人両名の身上経歴等

被告人A1は、島根県内で出生したが、少年時代から素行が乱れ、成人後も窃盗、強盗致傷その他の罪を犯して服役を繰返し、昭和六三年に窃盗罪等による服役を終え、出所した後、島根県内の○○産業有限会社で土木作業員として稼働するようになった。被告人Bは、大阪府寝屋川市で出生し、成人後は、ガス工事会社の作業員等を経て、ガス工事会社や産業廃棄物処理会社を経営していたが、事業が倒産したことなどから、昭和五八年ころからは、島根県内の前記○○産業で土木作業員として稼働していたところ、昭和六三年に被告人A1が○○産業に入社したことから、同人と親しく交際するようになった。被告人A1は、その後、平成二年に窃盗事件等で懲役三年六月に処せられ服役したが、被告人A1は、被告人Bが身柄引受人となってくれたこともあって、平成五年一〇月に刑務所を仮出所し、再び○○産業で稼働するようになった。

第二  被告人A1に対する窃盗、強盗致傷、公務執行妨害・器物損壊事件

被告人A1は、前記のとおり、○○産業で稼働していたが、開錠技術を身に付け、金品を窃取しようと考え、平成六年一一月一一日ころ、当時居住していた島根県内の○○産業の寮を出奔し、自動車で群馬県前橋市内に赴き、同市内の会社が主催する開錠技術の講座を受講した後、車中で寝泊まりしながら、関東甲信地方を放浪していたが、

一  同年一一月一四日午前一時ころ、山梨県韮崎市中田町小田川一三九三番地所在の株式会社中田給油所(代表取締役小林守)において、同会社所有の現金約一五〇〇円を窃取し、

二  同月一八日午後八時ころ、長野県南佐久郡八千穂村大字八郡二番地一所在の畑八開発株式会社詰所駐車場において、駐車中の普通乗用自動車から池田隆所有のナンバープレート一枚を窃取し、

三  同月一九日午前三時三六分ころ、用便をするとともに、場合によっては盗みをしようと考え、同県南佐久郡佐久町大字宿岩三八七番地一所在の株式会社アックス(代表取締役大草一男)佐久町店(ホームセンター)に入ろうとした際、同所に設置されていた警備センサーの発報により駆け付けた長野県パトロール株式会社警備員遠山浩一(当時二九歳)に発見され、同人から同店内への同行を求められ、同日午前三時五一分ころ、同人とともに同店事務所に入ったが、同所において、同人を制圧して金員を強取しようと企て、同人に対し、刃渡り約12.3センチメートルのくり小刀(平成九年押第四九号の2。なお、同号の3はそのさや)を突き付け、電気コード等で同人の両手足を緊縛して、その反抗を抑圧した上、同人から現金約三〇〇〇円を強取し、バール二丁(同号の4)を使って同事務所の金庫をこじ開け、右金庫内から株式会社アックス所有の現金約一六三万五五四九円を強取した上、さらに、同人に対し、右くり小刀で頸部を切り付け、頭部及び背部を突き刺すなどの暴行を加え、よって、同人に全治約三週間を要する頸部切創、背部刺創等の傷害を負わせ、

四  右三の犯行後、普通乗用自動車を運転して逃走していたところ、右事件の発生による緊急配備のため警ら用無線自動車(パトカー)に乗車して検問等の職務に従事していた長野県諏訪警察署巡査金田尚治及び同小林幸浩に発見され、停止及び質問を求められたが、これを振り切って逃走し、追跡されたことから、両巡査が乗車する右パトカーに自車を衝突させてその追跡を断念させようと企て、同日午前五時一一分ころ、同県茅野市北山八二二番地二付近路上において、自車を停止させた後、その後方に停止した右パトカーに向かって急後退し、その前部に自車後部を衝突させ、さらに、同日午前五時二五分ころ、同県北佐久郡立科町大字芦田八ヶ野一五三四番地一付近路上まで逃走し、自車の近くに停止した右パトカーの右側面後部に自車前部を衝突させ、次いで、その後部に自車前部を衝突させて、両巡査に対し暴行を加え、もって、両巡査の職務の執行を妨害するとともに、長野県諏訪警察署長土屋仁が管理するパトカーを損壊(損害約四五万四五一〇円相当)し、

五  平成七年一月二八日午前一時ころ、同県小県郡東部町大字田中三五〇番地一所在の水野建設株式会社東部町公共下水道下沖枝線工事現場事務所南側駐車場において、同所に駐車中の丸山晴五が管理する普通貨物自動車一台(時価一〇万円相当)を窃取したものである。

第三  被告人両名に対する殺人、死体遺棄事件

(犯行に至る経緯)

被告人A1は、前記第二の三の強盗致傷事件で逮捕され、その後、強盗殺人未遂の事実で勾留され、平成六年一二月九日には強盗致傷事件で、同月二八日には前記第二の一、二、四の事件で起訴された。被告人A1は、右事件起訴後、長野県上田拘置支所に勾留されていたが、病気と称して勾留執行停止を得て、いったん病院に入院したが、すぐに同所から逃走し、その後、前記第二の五の窃盗事件を起こし、盗んだ自動車で滋賀県水口町まで赴き、更にバスや電車を乗り継ぎ、京都まで行った。被告人A1は、同所から被告人Bに電話し、稼働先の紹介を依頼したところ、被告人Bは、かねてから同被告人と親交のあったD1が経営する大阪府寝屋川市内の株式会社××建設を紹介した。そこで、被告人A1は、平成七年一月末ころから、佐々木保の偽名で、右××建設で建設作業員として稼働するようになった。被告人A1は、勤務態度が良好だったことなどもあって、××建設の社長であるD1から気に入られ、同市内にあるD1の自宅へ食事に招かれるなどするようになった。

ところで、D1は、昭和六二年ころ、暴力団組員とのトラブルを処理するため、暴力団組員のE1を××建設の用心棒(形式的には従業員)として雇い入れ、平成元年ころ、D1がいったん社長の地位を前妻との間の子D3に譲った際、E1はD1の依頼でD3の後見人的立場(相談役)になった。その後、D3の会社経営方法に不満を持ったD1は、平成六年ころ、D3を社長から降ろし、自らが社長に返り咲いたが、E1は、功労金名下に、D1及びその妻で××建設の副社長でもあるD2に対し多額の金員を支払うように要求したり、××建設の班長ともども、従業員の待遇改善やD1ら役員の辞任を強く迫ったりするなどし、D1らに右要求を拒否されるや、班長を引き抜いて××建設から独立するなどと称して、班長その他従業員を扇動したりするようになった。このため、D1は、E1の右行状に対する解決策に日々頭を悩ませていた。そして、平成八年七月一日、××建設の社員寮が何者かによって放火され、これをE1の仕業と考えたD1は、放火や殺人の前科も有するE1のことを恐れるとともに、ますますE1の処遇に苦慮するようになった。こうした状況の下、被告人A1は、同月二一日ころ、D1方に招かれた際、D1がE1の右行状に対する愚痴を述べたため、冗談半分に、「そんなに困っているなら、俺が消しましょうか。」などとE1を殺害する旨ほのめかした。すると、D1は、「お願いします。」などと言って、殺害に積極的な姿勢を示したが、被告人A1は、殺害を決意するまでには至らず、その場は適当に相づちをうっておいた。さらに、被告人A1は、同月二七日ころにもD1方へ招かれたが、その際も、D1から、右同様のE1に対する愚痴に加え、E1に追い詰められて自殺しようとしたことなども聞かされ、真剣にE1の処遇に苦慮する様子を見るに及んで、D1に同情するとともに、E1の殺害を引き受ければ相当額の報酬が期待できると考えるようになった。しかし、被告人A1は、いまだE1殺害の決意には至らず、最も頼りにしている被告人Bに相談したいという気持ちもあって、「消しましょうか。でも俺一人ではできないし、殺す方法は別としても死体の処理の問題があります。死体の処理には知っている島根がいいと思うんです。Bさん(被告人B)に相談しますわ。」などと言ったところ、D1もこれに賛成した。そこで、被告人A1は、同月末ころから同年八月中旬ころにかけて、再三にわたり、島根県内に居住していた被告人Bに電話を架けて相談したいことがあるから来阪するよう促し、結局、同被告人は同月一六日に来阪することになった。

被告人A1、同B、D1及びD2は、同月一六日、D1方において、E1への対応等について話し合いをしたが、その際、はじめに、D1が前記のようなE1の行状を挙げながらE1に対する愚痴を述べたので、被告人Bは、E1に金員を支払って××建設から追い出すことなどの解決策を種々提案したものの、D1から右提案をことごとく拒否され、更にD1が「あれがおらなんだらなあ。」などと言ったことから、もはや穏便な方法で事を解決することは困難であると考えるに至り、「もうポアするしかないやないけ。」などと言ったところ、被告人A1も「ポアしかないね。」などとこれに応じた上、「殺したら埋めるのがいい。どこに埋めようか。」などと尋ねてきた。これに対し、被告人Bは、「○○産業の造成地がええ。」などと答えるなどし、さらに、E1を殺害して死体を遺棄する具体的な方法は被告人A1にまかせること、D1及びD2は必要な諸経費等を負担することなどが話し合われ、右四名の間で、E1を殺害し、死体を遺棄する旨の共謀が成立した。

その後、被告人A1は、E1をパチンコに誘うなどして、同人に近づき始め、同年九月三日ころ、E1に対し、「取り込み詐欺等をして得た現金一億四〇〇〇万円を島根の山中に埋めてある。一緒に掘り出して事業でも始めよう。」などと言葉巧みに誘い、他方、被告人Bは、○○産業の社長であるC1に対し、「A1が自動車を埋めたいと言っている。金城の造成地を使わしてくれんか。パワーショベルも貸して欲しい。」などと依頼して、死体を埋める場所を確保するとともに、パワーショベルを借りる手はずを整えた上、被告人A1に対し、手はずどおり事が運んでいることに加え、○○産業の従業員の一人が出張する同月九日から同月一一日までの間に決行するのが都合がよい旨連絡した。同月九日、被告人A1は、E1の殺害計画を実行に移そうと考え、E1に対し、「今から島根に金を掘りに行く。」などと持ち掛け、同人の運転する自動車で、同人とともに島根へ向かい、翌一〇日早朝、島根県那賀郡金城町の○○産業資材置場(造成地)に到着した。

(犯罪事実)

被告人両名は、右のとおりの経緯で、D1及び同D2と共謀の上、E1(当時五九歳)を殺害し、その死体を土中に埋没しようと企て、

一  平成八年九月一〇日午前六時ころ、島根県那賀郡金城町<番地等略>所在の○○産業資材置場において、被告人A1が、埋蔵金を掘る振りをしながら、パワーショベルで、縦幅が穴の上部で約七、八メートル、下部で約五メートル、横幅が約三、四メートル、深さが約三から3.5メートルの穴を掘り、E1を右穴の中に突き落とした上、右パワーショベルに乗り込み、右パワーショベルのバケット部分で同人の全身を殴打するなどし、よって、同人に胸郭多発損傷等の傷害を負わせ、そのころ、同所において、同人を右損傷に基づき窒息死させて殺害し、

二  引き続き、同日午前六時五〇分ころまでの間、同所において、被告人A1において、右犯行の発覚を防ぐため、前記パワーショベルでE1の死体の上から土砂等をかぶせるなどして死体を土中に埋没し、もって、死体を遺棄したものである。

(証拠の標目)<省略>

(争点に対する判断)

第一  検察官の訴因罰条変更請求について

一  検察官は、判示第二の三の強盗致傷の事実について、被告人A1に対する強盗致傷被告事件の審理経過等に照らすと、裁判所は、強盗殺人未遂への検察官の訴因罰条変更請求(以下単に「訴因等変更」ともいう。その内容は別紙のとおり)を許可すべきであった旨主張するので、この点について判断を示すこととする。

二  刑事訴訟法三一二条一項によると、裁判所は、検察官の請求があるときは、公訴事実の同一性を害しない限度において、訴因の変更を許さなければならない。しかし、迅速かつ公正な裁判の要請という観点から、訴訟の経過に照らし検察官の訴因の変更請求が誠実な権利の行使と認められず、権利の濫用に当たる場合には、刑事訴訟規則一条に基づき、訴因の変更は許されないこともあると解される。

そこで、以下において、本件請求が権利の濫用に当たるか否かについて検討する。

三  一件記録によれば、被告人A1は、平成六年一一月一九日、強盗傷人罪で通常逮捕され、同月二一日、強盗殺人未遂罪により勾留され、以後、強盗殺人未遂の被疑事実で捜査がなされ、被害者遠山、被告人A1の取調べ等がなされたこと、検察官は、同年一二月九日、被告人A1を長野地方裁判所上田支部に強盗致傷罪により起訴し、さらに、同月二八日、同支部に窃盗、公務執行妨害、器物損壊罪により追起訴したこと、その後、平成七年一月二六日、検察官から病気を理由に被告人A1の勾留の執行停止の申立てがなされ、同支部裁判官は、同日、勾留執行停止命令をなしたこと、その後、被告人A1は、国立東信病院に収容されたが、翌二七日同病院から逃走し、それ以後所在不明となっていたこと、その後、被告人A1の所在が判明し、被告人A1は、平成八年九月二九日、右逃走後に犯したとされる窃盗罪で逮捕、勾留され、同年一〇月一六日大津地方裁判所に窃盗罪により起訴され、その後、殺人、死体遺棄罪で逮捕、勾留され、同年一一月一二日大阪地方裁判所に殺人、死体遺棄罪により起訴されたこと、その後、同年一二月二〇日、長野地方裁判所上田支部において、第一回公判が開かれ、強盗致傷、窃盗、公務執行妨害、器物損壊の公訴事実について罪状認否、検察官による証拠の取調べ請求がなされ、右証拠はすべて同意され、取調べがなされた(検察官の立証は一応終了した)こと、その後、大阪地方裁判所に係属中の被告人A1に対する殺人、死体遺棄被告事件に、長野地方裁判所上田支部に係属中の強盗致傷、窃盗、公務執行妨害、器物損壊被告事件と大津地方裁判所に係属中の窃盗被告事件が併合され、これらも併せて審判されることとなり、大阪地方裁判所において、平成九年二月一〇日に第二回公判が開かれ、同期日には、前記上田支部に係属していた強盗致傷等被告事件について公判手続の更新がなされたほか、同公判から同年一〇月二日の第一一回公判までは、主として殺人、死体遺棄被告事件について証拠調べが行われたこと、同年一一月一〇日の第一二回公判において、強盗致傷、窃盗、公務執行妨害、器物損壊被告事件の証拠調べ(被告人質問)がなされ、同日、検察官及び弁護人から、同月二〇日の第一三回公判で証拠調べを終了されたい旨の意思が表明され、これに基づき、当裁判所は、検察官及び弁護人の同意を得て、論告期日として平成一〇年一月一二日を、弁論期日として同年二月二日をそれぞれ指定したこと、第一三回公判には、予定どおりの証拠調べがなされたが、その後、平成九年一二月二六日になって、検察官から、被害状況及び被害感情等を立証するため、強盗致傷の被害者遠山の証人尋問を請求したい旨の申入れがあったことから、当裁判所は、検察官及び弁護人の意見を聴取した上、平成一〇年一月一二日の第一四回公判を右証人尋問にあてることとし、あらためて同年二月二日に論告を、同月一九日に弁論をそれぞれ予定することを取り決めたこと、第一四回公判において、予定どおり証人遠山の尋問がなされたが、同人の証言内容は、同人の捜査段階における供述とほとんど同一であったこと、そして、かねて検察官及び弁護人と打ち合わせていたとおり、右の論告、弁論期日がそれぞれ指定されたが、右論告期日直前の同年一月二六日、検察官から、本件強盗致傷を強盗殺人未遂に変更する旨の訴因罰条変更請求書が、さらに、翌二七日に意見書がそれぞれ提出されるに至ったこと、これに対し、弁護人は、同月三〇日、訴因変更に対する意見陳述書を提出し、その中で、本件訴因等変更請求は権利の濫用に当たり、許されるべきではない旨主張していること(検察官請求証拠を同意したのは、強盗致傷の事実を前提としたものである旨の主張もしている。)などが認められる。

四  そこで、右事実を前提として、本件訴因等変更請求の許否について検討するに、右事実によれば、(1)本件は、当初、強盗傷人の嫌疑で捜査が進められ、被告人A1も強盗傷人の被疑事実で通常逮捕されたところ、勾留の段階でいったんは強盗殺人未遂の被疑事実に変更され、その後、同被疑事実で捜査が行われたが、結局、検察官は強盗致傷として起訴し、そのまま審理が進められたこと、(2)長野地方裁判所上田支部における第一回公判で検察官請求の証拠がすべて同意されたのも、強盗致傷として起訴されたためであり、仮に強盗殺人未遂として起訴されていたならば、右証拠のすべてが同意されることはなかった可能性があり、本件訴因等変更請求が認められた場合、被告人A1の防御に実質的な不利益を及ぼすものとみられること、(3)被告人A1に対する強盗致傷被告事件の審理は、当初の起訴から右訴因等変更請求までに約三年二か月(第一回公判から約一年一か月)が経過し、その間に合計一四回の公判が開かれており、検察官は、これまでの審理経過に照らし、右訴因等の変更請求をする機会があったにもかかわらず、何らこれらの措置を採らず、訴訟終結間近(論告期日直前)になって、右訴因等変更請求をしたこと、(4)検察官が訴因等変更の必要性が生じた根拠とする事実(主として、被告人A1の本件行為の態様、本件前後の状況、創傷の状況等)は、いずれも平成八年一二月二〇日の第一回公判において、当初の訴因である強盗致傷について、検察官から証拠の取調べ請求がなされ、採用決定を経た後、取り調べられた証拠によりあらわれていたものと内容的には異ならないものであり、犯罪の構成要素について基礎となる証拠及びその評価について変更は認められないことなどを考慮すると、迅速かつ公正な裁判の要請という観点から、本件訴因等変更請求は、誠実な権利の行使とは認められず、権利の濫用に当たるものと解され、刑事訴訟規則一条に反し、許されないというべきである。

五  以上のとおりであって、本件訴因等変更請求は不適法であるから、当裁判所は、平成一〇年二月二日の第一五回公判において、本件訴因等変更請求を不許可としたものであり(なお同日引き続いて検察官の論告が行われた。)、検察官の右主張は採用することができない。

第二  判示第三の一、二の殺人、死体遺棄の各事実認定についての補足説明

一  被告人A1について

1 弁護人は、E1を現実に殺害したのは被告人A1ではなく、松本なる人物である旨主張し、被告人A1も、公判において、その旨の供述をするので、この点について補足して説明する。

2 被告人A1は、捜査段階においては、殺人及び死体遺棄の各実行行為は、自ら単独で担当したものである旨一貫して供述し、右殺害前後の状況等について、「私は、パワーショベルで深さ約四メートル(現場指示では約3.3メートル)、長さ約五メートル、幅約三メートル(現場指示では約四メートル)の穴を掘ったが、E1に疑われ出したため、パワーショベルから降り、E1に近づいて行ったところ、E1は、「お前ここに埋めたんか。だましやがって。」などと怒鳴りながらスコップを振り上げて殴り掛かってきたので、E1の右肩の脇をすり抜けるようにして背後に回り、E1の右ひじの後ろ部分を右手で押さえ付け、E1の左肩を左手で背後から押さえ、すぐに左手を背中に沿って腰付近まで降ろして、E1を穴の方へ向かせて突き落とした。そして、パワーショベルに乗り込み、そのバケットで穴の中のE1を追い掛けていたところ、E1は、スコップを振り上げるなどしていたが、バケットがE1の下半身に当たったので、バケットを振り上げ、勢いを付けてバケットを振り下ろし、E1のほぼ正面からバケットをぶち当てると、E1は膝を折るようにしてその場に崩れた。バケットの背中でE1を穴の奥の方へ飛ばすと、E1はうつ伏せの状態になった。バケットの爪でE1を引っかけ手前に引くなどしたところ、E1はうつ伏せで倒れた。とどめを刺すため、バケットの爪を立て、E1の腰と首付近を押し付けたところ、ザクロを割ったように、E1の内蔵がはみ出た。私は、これで完全に死んだと思い、急いで土をかぶせ、一メートルくらい土をかぶせてから、E1の車も穴の前に移動し、パワーショベルで押して穴の中に落とし、バケットを使って車をつぶした上、土をかぶせた。」などと供述していた。

これに対し、被告人A1は、公判段階において、E1を殺害した実行犯は自分ではなく、松本なる人物である旨主張し、大要、「平成八年八月一日午後一一時すぎころ、大阪府寝屋川市内の路上脇のたばこの自動販売機付近で、初対面の松本と世間話をしたが、その際、松本から、『無職でパチンコで食べている。銭になることやったら、何でもする。悪い仕事でも何かあったら教えてくれ。』と言われ、互いの携帯電話の番号を教えあった。その際、私は、松本に××建設で働き、その寮に入っていることを話した。松本は、年齢は五〇歳くらい、身長は一七〇センチメートルくらいで、寝屋川市内に住んでいると言っていた。その後、D1らと相談の上、E1殺害が決まったので、同月末ころ、同市内の公衆電話から松本の携帯電話に連絡を取り、『一〇〇〇万円で一人ひとを消してくれないか。』と尋ねたところ、松本は考える様子だったので、『俺の取り分が二〇〇〇万円しかない。だから、一五〇〇万円で引き受けてもらえないか。』と尋ねたところ、松本はその旨了承した。その際、殺害の相手は××建設の相談役で金は××建設の社長から出ると話した。しかし、この段階で、D1との間で二〇〇〇万円もの金が出るような話はなかった。その後、同年九月七、八日ころ、松本から連絡があったので、松本と会い、E1を島根県の造成地まで連れ出して殺害し、死体をパワーショベルで穴を掘って埋めることなどを話し、そこまでの順路を記した地図と車の燃料代等として三〇万円を渡した。そして、同月九日、寝屋川市内の公衆電話から松本の携帯電話に連絡を取り、同市内のパチンコ店で松本と待ち合わせ、松本にE1の自動車を教えるなどした後、松本と別れ、自分は、E1と会って、E1が運転する自動車の助手席に乗って島根へ向かったが、松本は、自分が話したとおり、自車で右自動車の後を付けていたようだった。車中で、E1は、D1が自殺をしようとした際助けたことなどを話したので、私は、E1殺害の意思がなえてきた。○○産業の造成地に着いて、しばらくすると、松本がやって来たので、E1に松本を埋蔵金の管理をしている者だとして紹介した。その後、私は、E1と離れ松本と二人だけになった時に、E1を殺しづらくなったことを話すと、松本は、『それやったら、実際に地面を掘ってみて、仲間が先に掘ったみたいだ。仲間を問いつめてみる、とE1に言ったらどうか。実際にないから、E1もあきらめるしかないやろう。』などと提案したので、自分は、松本に『あんたに全面的にまかせる。』と言った。そして、E1が穴を掘る場所にやって来た後、私は、松本にパワーショベルで穴を掘らせ、穴を掘っている場所から少し離れて、造成地の入口の方に降りて行き、同所で見張りをしていたが、しばらくして戻ると、E1の姿がなく、松本がパワーショベルで穴に土をかぶせていた。松本に事情を尋ねると、松本は、E1を穴に突き落とし、パワーショベルを使って殺害したことなど、細部で異なる点はあるが、私が捜査段階で供述していたこととほぼ同旨の話をした。私は、松本に『あとは俺がやるから帰れ。九月二五日ころ連絡してくれ。』と言ったところ、松本は、現場を立ち去った。その後、私が車を埋め、土をかぶせた。私が捜査段階で供述していた内容は、おおむね松本から聞いたことを話したものである。その後、同月二七日ころ、松本から電話があり、「金はいつもらえるんや。」と聞いてきたが、私は、『来月五日ぐらいにもう一回電話してくれ。』などと話した。その後、私は逮捕され、以後、松本との連絡はない。」旨供述する。

そこで、右各供述の信用性が問題となる。

3 前掲関係証拠によると、次のような事実が認められる。

(一) 被告人A1は、平成七年一月末ころから、判示のとおりの経緯で、××建設で勤務するようになり、同社の社員寮で生活していたが、××建設の社長であるD1に気に入られ、D1方に招かれるうち、D1から、確執状況にあったE1の動静を知らせるように依頼されるなどするようになった。なお、被告人A1が居住していた××建設社員寮は、平成八年七月一日に何者かにより放火され焼燬したため、被告人A1は、××建設の敷地内のD1の長男の家で、他の社員らとともに生活するに至った。

(二) 同年七月二一日ころ、被告人A1は、D1方に招かれ、同月一日に発生した××建設社員寮に対する放火事件をE1の仕業と考えていたD1から、E1の処遇に悩まされている旨の愚痴を聞かされたので、冗談半分にE1の殺害をほのめかしたところ、D1が右殺害に積極的な姿勢を示したが、被告人A1は殺害を決意するまでにはいたらず、その場は適当に相づちをうつなどしていた。その後、被告人A1は、同月二七日ころにも、D1方に招かれ、D1から執ようにE1に対する愚痴を聞かされたため、被告人Bと相談した上で、E1の殺害を検討したい旨述べた。そして、同月末ころから同年八月中旬ころにかけて、再三にわたり、被告人Bに来阪を促し、被告人Bもこれに応じた。

(三) 同月一六日、被告人A1、同B、D1及びその妻D2は、D1方において、E1の行状等に対する対策を話し合い、最終的に、判示「認定した事実」第三の「犯行に至る経緯」記載のとおり、E1を殺害した上、その死体を埋めることで合意し、その具体的な方法は被告人A1にゆだね、死体を遺棄する場所の確保等は被告人Bが担当し、必要経費等はD1及びD2が負担することになった。なお、被告人A1は、空手二段で腕力には自信を有していた。

(四) 被告人A1は、同月一八日ころ、D1に対し、E1を誘い出す方法を説明するとともに、一〇〇万円の準備金を要求し、D1及びD2からその旨の了承を取り、同月二〇日、D1から一〇〇万円を受け取り、そのうち七〇万円を××建設の同僚Gの名義で開設していた自己の普通預金口座に振込入金し、一〇万円を被告人B名義の普通預金口座に振込送金した。

(五) その後、被告人A1は、E1をパチンコに誘うなどして、同人に近づき始め、同年九月三日ころ、E1に対し、取り込み詐欺等をして得た現金一億四〇〇〇万円を島根の山中に埋めてある、一緒に掘り出して事業でも始めよう、などと述べて言葉巧みに誘ったところ、E1は「この話は間違いないか。うそやったら殺すぞ。」などと言いながらも、最終的には、これに応じるに至った。被告人A1は、同月九日、E1に対し、今から島根に金を掘りに行く、などと持ち掛け、同人の運転する自動車で島根へ向かった。

(六) 被告人A1とE1は、同月一〇日午前五時三〇分ころ、判示第三の一記載の○○産業資材置場に到着した(なお、当日の日の出は午前五時五一分ころであった。)、その後、同所において、パワーショベルで深さ約三から3.5メートルくらいの穴が掘られ、E1は、その穴の中で、右パワーショベルのバケット部分で全身を殴打されるなどして殺害され、その死体の上に約一メートルくらい土がかぶせられ、その上に、同所までE1が運転してきた車がパワーショベルで押して落とされ、車はパワーショベルのバケットで押しつぶされた上、その上に土がかぶせられた。

(七) 被告人A1は、その直後、D1にその旨電話で連絡し、被告人Bにも迎えを依頼した。そして、同日午前八時ころ、被告人BとC1が同所に来たので、自動車を埋めさせてもらった礼として、C1に対し三〇〇万円を支払う旨約束した。その夜、被告人A1は、被告人Bに対し、E1を連れ出してから殺害するまでの状況等を話したが、その際、A1は、自らがパワーショベルで穴を掘り、穴の中に入ったE1をパワーショベルのバケットで殴打するなどして殺害し、土をかぶせて車と一緒に埋めた旨話した。同月一一日、被告人A1は、大阪に戻り、D1方を訪れ、D1及びD2に対しても、被告人Bに対してしたのと同様、自らがE1を殺害して、死体を埋めた旨話した。

(八) 同月一四日ころ、被告人A1は、D1に対し、報酬として五〇〇万円の金員を要求したところ、D1が右金員を出し渋ったので、C1に対する支払いのため少なくとも三〇〇万円は出して欲しい旨述べて、三〇〇万円の支払いを約束させ、同月一七日ころ、D1から三〇〇万円を受け取り、同月一八日ころ、三〇〇万円のうち二七〇万円をC1名義の普通預金口座に振込送金し、二〇万円を自らの取り分とし、一〇万円を被告人B名義の普通預金口座に振り込んだ。

(九) 他方、C1は、本件犯行後の同年九月中旬ころ、造成地内の本件犯行現場付近を約一メートルくらい土盛りをした。

(一〇) E1が同年九月九日以降行方が分からなくなったため、同月二一日、E1の姉が警察へ届け出て、その後、E1の捜索がなされるに至った。E1は、行方不明になる前、姉に「佐々木と島根に金を掘りに行く。」旨述べていたことから、××建設で佐々木保名で稼働していた被告人A1が捜査線上に上った。

(一一) 被告人A1は、同月二九日、判示第二の五の窃盗事件で逮捕された。その後、被告人A1と親交があり、島根県に居住する被告人Bを警察が取り調べたところ、同人は、被告人A1から○○産業の造成地でE1を殺し、車とともに埋めたと聞いた旨供述するに至ったので、被告人Bが指示した場所を同年一〇月一四日から翌一五日にかけて警察の方でパワーショベルを使って掘り起こしたところ、土中深さ約2.5メートル(車体上部)から約3.5メートル(車体底部)からE1の車が、土中深さ約4.35メートルからE1の死体が発見された。そして、土中深さ約2.3メートルからは車のトランクのふた、約3.5メートルからは携帯電話、約3.6メートルからはスコップも発見された。なお、右掘り起こした付近の土壌は、上部は赤土の層が数十センチメートルから約一メートル位あるがその下はねん土層となっていた。赤土の層は東側は薄く、西側が厚くなっていた(前記(九)のとおり、本件犯行後E1の死体が掘り起こされるまでの間にC1が現場付近を約一メートルにわたり土盛りしていることから本件犯行当時に掘られた穴の深さは、前記(六)のとおり、約三から3.5メートル程度であったとみられる。)。

(一二) E1の死体は、うつ伏せで押しつぶされた状態で発見され、顔面粉砕骨折、甲状軟骨、舌骨々折、肋骨多発骨折、脊椎骨折、骨盤粉砕骨折、その他全身に多数の損傷があり、死因は、胸郭多発損傷に基づく窒息死で、気管内に土砂の混入がないことから、死亡後埋められたものと推定された。

4 以上の事実を前提にして、被告人A1の捜査及び公判における各供述の信用性について検討する。

右事実によれば、

(一) 被告人A1は、松本なる人物について、無職で寝屋川市内に住んでいる男であると供述するのみで、正確な氏名、住所、人相、容ぼう等の人定に関する事項や松本が乗車していた自動車の特徴について供述していないこと

(二) 被告人A1は、松本と連絡を取る際には、自己が利用する携帯電話を使用しないで、公衆電話を使用していたが、それは携帯電話の電池が切れていたからであるなどと供述しているが、関係証拠により、被告人A1が所有する携帯電話の使用状況をみると、被告人A1が松本と連絡を取ったとされる時間帯の前後も、右携帯電話は使用されていることが認められ、また、松本への連絡の際だけ、たまたま、電池が切れていたというのも不自然であること

(三) 被告人A1は、松本の携帯電話の番号を書きとめた紙片を有していたが、逮捕前日に焼却した旨供述するが、これも不自然であること

(四) 被告人A1は、自分が××建設に勤務し、その寮に居住していることを松本に告げたというのに、松本の住居さえ知らないというのも不自然であること

(五) 前記認定のような本件の経緯に照らすと、被告人A1が、ただ一回しか会っただけで全く素性の知れない松本に対し、いきなり人を殺害して欲しい旨協力を要請したところ、松本がすぐさまこれに応じ、現実にE1の殺害を実行するというようなことは極めて不自然であること

(六) 被告人A1の公判供述によれば、松本は、E1殺害は、××建設社長の依頼で行うことや、被告人A1の住居等も知っていることになり、松本から被告人A1のみならずD1らにも接触、連絡をして、特に本件犯行後は金の要求等をすることも可能なはずであるのに、そのようなことがなされた形跡はないこと

(七) 被告人A1は、被告人B及びD夫妻ら共犯者に対し松本なる人物のことを述べたことはまったくなく、右共犯者らも、被告人A1から松本なる人物について一切聞いたことがない旨供述しているところ、被告人A1は、報酬を出し渋るD夫妻に金銭を要求する際、C1に対する支払いを持ち出しているにもかかわらず、松本のことは一切言及していないが、実際に、松本が本件殺害行為を実行したのであれば、これを被告人BやD1らに秘匿しておく必要はないはずであること

(八) 被告人A1は、捜査段階で松本の存在についてまったく供述せず、公判に至って供述した理由について、「松本の話をしても信じてもらえそうにないし、一応、一審判決が出てから、控訴審で言おうと思ったが、弁護人に言われ、一審で言うことにした。」旨供述するが、被告人A1の公判供述のように、松本がE1の殺害を行ったのであれば、被告人A1にとって有利な事情となるとみられるのに、捜査段階において供述しないのは不合理である上、被告人A1の供述する一審段階で松本の名を出さず、控訴審で述べようと思っていたという点も趣旨が不明で、捜査段階で松本のことを供述しない理由として理解し難いこと

(九) 被告人A1は、本件当時四七歳で、空手二段で腕力には相当自信を有していたのに対し、E1は暴力団関係者というものの、本件当時五九歳で、やせ形であり、人気のない場所で、一対一で被告人A1がE1を殺害すること自体は困難なものとはみられず、被告人A1があえて素性も知れない松本のような五〇年輩の者を犯行に加担させる必要性も見出し難いこと

が認められ、右諸点を併せ考えると、被告人A1の公判供述中、前記殺害実行者が松本であることや松本の存在に関する点は、到底信用することができない。

これに対し、被告人A1の捜査段階における供述は、

(一) 殺害の状況について極めて具体的かつ詳細なものであり、その内容は、迫真性に富んでいること

(二) 被告人A1は、平成八年一〇月二一日に逮捕されて以来、捜査段階を通じ終始一貫して、殺人及び死体遺棄の各実行行為は自己の単独犯行である旨供述しているものであること

(三) 犯行の手段及び態様、殺害状況等に関する被告人A1の供述は、E1の死亡原因及び時期、創傷の形成原因、死体の状況等と矛盾はなく、自白内容と関係証拠との間に重要なそごは認められないこと

(四) 本件各犯行そのものは、第三者の協力を得なければなし得ないものではないこと

などにかんがみると、十分信用し得るものである。

なお、弁護人は、被告人A1の捜査段階における殺害行為の前後の状況に関する前記供述について、①本件穴の形状は、E1殺害時と車を埋めた時とは異なる(車を埋めた時は穴にのり面があった。そうでなければ、車は前部を下にして直立してしまう蓋然性が高い。)はずであったのに、その点について、捜査段階の供述には触れられていないこと、②E1の左足が断裂した時期やスコップが発見された位置等について合理的な説明がなされていないこと、③殺害状況に関する自白をみても、当初は、殺害後に穴を掘って埋めたとなっていたにもかかわらず、その後は、穴を掘った後に殺害したとなっており、自白内容が変遷していること、④共犯者らへのE1殺害の説明と自白調書の内容とは大きな隔たりがあることなどから、到底信用できない旨主張する。

しかしながら、①については、弁護人主張のごとく、E1殺害時と車を埋めた時とで、穴の形状が違うものとみることはできず、当初掘った穴の形状自体にある程度ののり面があれば、車を直立あるいは裏に返ることなく落とすことは可能とみられること(現に、被告人の現場による指示(一三二号証)によれば、穴の形状は、穴の上部では、縦幅約七、八メートル、横幅約四メートル、深さ約3.3メートルとなっているが、ここに約一メートル土を埋めた状態で自動車を被告人A1の供述のとおり落とすことは可能であった。)、②については、E1の左足が断裂した時期は明らかではないが、左足は引きちぎれたようになっており、パワーショベルで飛ばされたりしているうちに、次第に引き裂かれ、被告人A1がこれに気が付かなかったか、あるいは警察の発掘時に断裂した可能性もあり、また、スコップの発見位置については、被告人A1が掘った穴の底が完全に平面であったとすると、弁護人が主張するとおり、E1が持っていたはずのスコップは死体と同じ深さで埋められる可能性は高いものともみられるが、関係証拠によれば、死体が発見された位置は、穴ののり面に近いところであるともみられるから、パワーショベルで掘った場合には壁面に近づくにつれ、やや深さが浅くなることは十分考えられるところであり、また、E1が穴の中でバケットで攻撃された時に、スコップがE1の手から離れた可能性もあり、スコップが死体より約七五センチメートル程度高い位置で発見されたとしても、必ずしも不合理とはいえないこと(現にE1の左足も死体本体より浅い地点で発見されている。)、③については、被告人A1は、捜査当初、穴を掘る前にE1を殺害した旨供述していたが、それは、被告人A1も述べているとおり、E1の攻撃に対しやむなく反撃した形となり、被告人A1に有利になると考えた結果からであると推察され、右変遷自体が、供述の信用性に影響するものとは認められないこと、④については、E1の殺害状況に関し、被告人A1の共犯者らに対する説明と被告人A1の自白調書とである程度の違いがあるとしても、これは、被告人A1が述べているとおり、E1を殺害した際の生々しい状況を思い出したくないこともあって、共犯者らに対してはごく簡略に述べるにとどまったものとみられ、それ自体不自然なものとはいえないことなどを考慮すると、弁護人の前記主張はいずれも理由がなく、被告人A1の捜査段階の供述の信用性に影響を与えるものではない。

5 以上の検討結果によれば、E1を殺害したのは被告人A1であると合理的疑いを入れることなく認定し得るものであり、右犯行を松本が行った旨の弁護人の主張は採用することができない。

二  被告人Bについて

1 弁護人は、被告人Bは、殺人及び死体遺棄罪の実行行為には関与しておらず、その共謀もないから、両罪は成立せず、死体遺棄罪の幇助犯が成立するにすぎない旨主張するので、この点について補足して説明する。

2 前掲の関係証拠によれば、被告人A1についての事実認定の補足説明で認定した事実のほか、以下の事実が認められる。

(一) 被告人Bは、大阪府寝屋川市で生まれ育ち、昭和三一年ころ、仕事を通じてD1と知り合い、D1が現在の妻D2と婚姻する際には、その仲介的立場に立つなど、D1とは長年親交を有していた。その間、D1が経営する会社が倒産しそうになった際、被告人Bは、その所有する不動産の登記書類をD1に貸すなどしたこともあった。また、被告人Bは、判示のとおり、被告人A1とも親交を有し、被告人A1から「おとう。」と呼ばれ、父親のように慕われており、被告人A1が判示強盗致傷事件等で起訴後勾留執行停止中に逃走した際も、D1の経営する××建設を紹介し、勤務させるなどしていた。他方、被告人Bは、昭和二四年ころから数年間、E1の父親E2が組長をする△△組内E1組に加入したことがあったが、そのころ、当時小学生だったE1とも面識があった。

(二) 被告人Bは、大阪で事業が失敗したことから、昭和五八年ころからは、島根県内の○○産業で稼働していた。○○産業は、代表取締役がC1、取締役がC2と被告人Bで、平成八年当時は、他にA2(被告人A1の義父)、Fなど従業員が三名いた。A2は、○○産業の車を私用で運転中、交通事故を起こしたが、同人に資力がなかったため、C1が三〇〇万円をA2のために支払い、平成六年ころから、被告人A1が毎月三万円あるいは五万円ずつC1に返済していた。被告人Bは、年金が二か月で二三万円入るほか、当時月給として○○産業から二二万円くらいの支給を受けていたが、パチンコやスナック遊びに金を使い、金に余裕はない状態であった。

(三) 被告人Bは、平成八年六月以降、D1から、E1に高額な金員を要求されていることについて相談を受けていたところ、同年七月末から八月中旬ころにかけて、被告人A1から、相談があるから大阪へ来るよう何度も要請され、同月一六日、子細が分からないまま、来阪した。前示のとおり、右以前においても、被告人A1とD1との間で、E1殺害の話は出てはいたが、いまだ確定したものにはなっていなかった。

(四) 同月一六日、被告人B、同A1、D1及びD2がD1方に集まり、D1が、判示「犯行に至る経緯」記載のとおりのE1の行状を挙げながら、E1に対する愚痴を述べたことから、被告人Bは、初めは、「自分がE1に注意してやる。」、「(D1の)娘むこを呼び戻してはどうか。」、「E1に金を払って××建設をやめさせたらどうか。」などとあれこれ提案したものの、D1にいずれも採用されるに至らず、さらに、D1が、「あれがおらなんだらなあ。」などと言ったことから、「それやったら、ポアするしかないやないけ。」などと言った。なお、被告人Bは、「ポア」という言葉を「殺す」という意味で使った。すると、被告人A1も「ポアするしかないね。」などと相づちをうった。そこで、被告人Bは、「できるか。」と尋ねたところ、被告人A1は、「大丈夫や。任しとき。」と答えた。さらに、被告人A1は、「殺したら埋めるのがいい。誰にも分からん場所に埋めたらええのや。おとう、埋めるところはないか。」などと被告人Bに尋ねた。これに対し、被告人Bは、「○○産業の造成地がええ。造成しているから、埋めても分からんし、今後土もかぶるし。」などと答えた。さらに、被告人Bが、「どうやってやるんか決めてるんか。」と尋ねると、被告人A1は、「心配せんでええ。任せとけ。」などと答えた。そして、D1、D2とも、被告人A1に任せる旨述べた。さらに、被告人A1が、「動くためには金がいりますので、お願いします。」などと言うと、D1、D2は、これを了承した。そして、D1は、同日、被告人Bに足代ということで三万円を渡した。右○○産業の造成地とは、同社及び同社代表取締役C1個人の所有する土地(地目は大部分山林)で、○○産業の重機等の置場として使われており、C1は、将来同所を果樹園として利用するつもりで、山を崩し沢を埋めて徐々に平地に造成中の状態であった。

(五) 被告人Bは、翌一七日島根に戻った。そして、同月二〇日ころ、D1及びD2に電話を架け、八万円の借用方を申し出たところ、翌二一日、D2は、被告人B名義の普通預金口座に八万円を振込送金した。なお、右借用方を申し出た際、D2から、被告人A1に一〇〇万円渡したことを聞かされ、被告人Bは、同月二五、六日ころ、被告人A1にその旨確認し、被告人A1に対し、一〇万円ほど送ってくれるように依頼したため、同月二六日、被告人A1から同B名義の右口座に一〇万円が振込送金された。右一〇万円の送金を申し出た際、被告人A1から、パワーショベルの段取りができるかどうかを尋ねられたので、その段取りをしておくことと、埋める場所も借りられるようにしておくことなどを答えるとともに、埋める場所は造成地の縦樋のところにするのがよいと教え、被告人A1もこれを了承した。

(六) 同月末か同年九月初めころ、被告人Bは、右造成地の所有者であるC1に対し、被告人A1が自動車を埋めたがっているなどと称して、右造成地の縦樋辺りに自動車を埋めさせて欲しいこと、パワーショベルも貸して欲しいことなどを依頼し、C1はその旨了承した。同月初めころ、被告人Bは、被告人A1に対し、○○産業の従業員の一人のFが同月九日から同月一一日まで出張でいなくなるため、そのころE1の殺害等を実行するように伝えるとともに、金員の借用方を申し出たため、同月二日、被告人A1は、被告人B名義の前記口座に五万円を振込送金した。その数日後、被告人A1は、被告人BにE1を殺害する際、現場に来て欲しい旨依頼されたものの、被告人Bは、顔見知りのE1を殺害するところは見たくない旨述べて、右申し出を断った。同月八日ころ、被告人A1から、明日大阪を出発する旨連絡があったので、被告人Bは、被告人A1に対し、絶対に他人に見られないようにすること、夜中にパワーショベルを動かしてはならないことなどを注意した。

(七) 同月九日、被告人Bは、C1にパワーショベルの鍵を確認するとともに、昼過ぎころ、被告人A1から、今日島根へ行くことにしたが、E1に会えないなどと連絡を受けたため、被告人A1に対し、E1が見つかったら再度連絡するように伝えたところ、夕方ころ、被告人A1から、E1が見つかった旨連絡があり、夜になって、被告人A1から、今から島根へ行く旨連絡があった。

(八) 同月一〇日午前七時ころ、被告人Bは、被告人A1から、工事が完了した旨連絡があり、造成地へ迎えを頼まれたため、C1とともに右造成地へ赴いた。そして、右造成地において、車を造成地に埋めたことの謝礼と被告人A1の義父A2の交通事故関係の借金の返済の趣旨で、被告人A1がC1に三〇〇万円を支払うことになった。

(九) 同月一二日、被告人Bは、大阪へ戻った被告人A1から、無事に帰り着き、D1らに殺害を報告したことなどの連絡を受けた。同月一八日ころ、被告人A1から、三〇〇万円しか報酬をもらうことができないが、そのうち二七〇万円をC1に送金し、二〇万円を被告人A1が、一〇万円を被告人Bが取得することにしてはどうかなどと相談を持ち掛けられ、被告人Bはこれを了承し、同日、被告人A1から二七〇万円がC1名義の普通預金口座に、一〇万円が被告人Bの前記口座に振り込まれた。

(一〇) 被告人A1は、同月二九日、逮捕されたが、その後、被告人Bは、D2と相談の上、D1が支出した前記三〇〇万円は、被告人Bに貸し付けたことにし、その旨の借用書を作成し、D1宅に送付するなどの工作をした。

3 以上の事実を前提にして、共同正犯の成否について検討する。

右事実によれば、被告人Bは、本件殺人、死体遺棄の実行行為は行っていないので、実行共同正犯が成立しないことは明らかである。

そこで、共謀共同正犯の成否について検討する。

前記認定事実によれば、

(一) 被告人Bは、長年D1夫婦と親交を持ち、D1からE1の横暴ぶりを聞かされ、D1らの窮状を救うためにE1殺害もやむなしと決意するに至ったこと自体は、不自然ではなく、また、当時、被告人Bは、金に不自由していたことから、本件犯行に加担することにより、多少の利益を得ることができるという気持ちも含まれていたことは否定し難く、犯行の動機がなかったとはいえないこと

(二) 被告人A1とD1は、平成八年七月下旬ころ、二回にわたって、E1の殺害について話し合ったことが認められるが、この段階では、被告人A1もE1殺害を決意するまでには至っておらず、被告人A1が最も信頼を寄せている被告人Bの来阪を待ち、その意見を聞いた上で、E1の殺害を実行するか否かを確定するというものであったのであり、同年八月一六日の話し合いにおいて、関係者全員がそろった席上で、最終的に、E1を殺害すること、実行行為は被告人A1が担当すること、E1の死体は被告人Bが取締役をする○○産業及び同社の代表取締役C1が所有する金城の造成地に埋めること、被告人Bは死体を埋める場所を確保すること、D夫妻は殺害及び死体遺棄の準備金、報酬を拠出することなどが取り決められたと評価できるのであって、E1を殺害する旨の謀議が成立したのは、右当日であるとみられること(特に、被告人A1は、被告人Bを親代わりとして最も信頼を寄せていたものであって、そのような存在である被告人Bが、八月一六日の話し合いの際、E1を殺害する話の口火を切ったことは、被告人A1が本件犯行を決意し、実行に移す上でも、大きな意義を有したものとみられること)

(三) 被告人Bは、C1との間で、金城の造成地に自動車を埋めるなどと称して、右造成地とパワーショベルを借りることなどを取り決め、死体遺棄の場所及び手段を確保するとともに、被告人A1にE1を殺害するのに都合がよい日を伝えているのであり、これらの行為は、殺人及び死体遺棄の各犯行の遂行過程において重要な意味を有するものといえるのであって、本件において被告人Bが果たした役割は軽微なものではないこと(現に、E1の殺害は、本件造成地において、パワーショベルを利用して行われたもので、被告人Bの行為は、結果的にも重要な意味を有するものであった。)

(四) 被告人A1と被告人Bは、八月一六日の話し合い後も、頻繁に連絡を取り合い、本件犯行の前日もE1連れ出しの直前まで連絡を取り合い、本件犯行直後も、被告人A1は被告人Bに連絡し、その後、殺害行為の方法についても説明したほか、D1からの報酬の分配について協議し、被告人A1の逮捕後は、D2らとの間で罪証隠滅工作も行うなど、一連の経緯に深く関与していること

が認められ、さらに、共謀は、犯罪行為の日時、場所、行為等の具体的内容についての微細な点に至るまで、明確に特定して行われることを要せず、犯罪実行の決定のみを連絡協議し、その実行に関する具体的内容の決定は実行者の便宜にまかせても共同正犯の成立に影響を及ぼさないというべきであることなどを併せ考えると、被告人Bは、被告人A1、D1らと本件殺人及び死体遺棄の各犯行を共謀し、これに基づき、被告人A1が実行行為を行ったものと認められ、被告人Bには、共謀共同正犯が成立するものである。

よって、この点に関する弁護人の主張は採用できない。

(累犯前科)

被告人A1は、平成二年九月一八日鳥取地方裁判所で器物損壊、住居侵入、窃盗罪により懲役三年六月に処せられ、平成六年一月二七日右刑の執行を受け終わったものであって、右事実は検察事務官作成の前科調書(乙21)によってこれを認める。

(法令の適用)

一  被告人A1について

被告人A1の判示第二の一、二及び五の各所為は平成七年法律第九一号附則二条一項本文により同法による改正前の刑法(以下「旧法」ともいう。)二三五条に、判示第二の三の所為は同法二四〇条前段に、判示第二の四の所為のうち、公務執行妨害の点は同法九五条一項に、器物損壊の点は同法二六一条に、判示第三の一の所為は平成七年法律第九一号による改正後の刑法(以下「新法」ともいう。)六〇条、一九九条に、判示第三の二の所為は同法六〇条、一九〇条にそれぞれ該当する(なお、刑法一九〇条にいう死体遺棄罪は、死者に対する社会的風俗としての宗教的感情を保護法益とするものであって、死体を現在の場所より他所に移して放棄するのはもちろん、宗教風俗上、死体の処置に関し、道義上首肯しえないような方法で埋葬、隠匿する場合には、死体遺棄罪が成立するものと解するのが相当であるところ、被告人A1が、E1の死体を殺害後、場所的に移動しなかったとしても、同人を殺害後、犯行の発覚を防ぐため、その死体の上にパワーショベルで、土砂等をかぶせるなどして、死体を土中に埋没し、外部から容易に発見しえないように隠匿した行為は、道義上首肯しえないような死者に対する宗教的感情を害する新たな行為というべきであり、死体遺棄罪を構成することは明らかである。)ところ、判示第二の四の公務執行妨害と器物損壊は一個の行為で二個の罪名に触れる場合であるから、旧法五四条一項前段、一〇条により一罪として犯情の重い公務執行妨害罪の刑で処断することとし、各所定刑中判示第二の三の罪については有期懲役刑を、判示第二の四の罪については懲役刑を、判示第三の一の罪については無期懲役刑をそれぞれ選択し、判示第二の一ないし五、第三の二の各罪は前記の前科との関係で再犯であるから、旧法五六条一項、五七条(判示第二の一ないし五)ないし新法五六条一項、五七条(判示第三の二)により、いずれも再犯の加重をし(ただし、判示第二の三の罪については旧法一四条の制限に従う。)、以上は附則二条二項本文により新法四五条前段の併合罪であるが、判示第三の一の罪について無期懲役刑を選択したので、同法四六条二項本文により他の刑を科さないで、被告人A1を無期懲役に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数中四五〇日を右刑に算入し、押収してあるくり小刀一本(平成九年押第四九号の2)及びバール二丁(同号の4)は、判示第二の三の強盗致傷の用に供した物、同さや一個(同号の3)は右くり小刀の従物でいずれも被告人A1以外の者に属しないから、旧法一九条一項二号、二項本文を適用してこれらを没収し、訴訟費用は、刑事訴訟法一八一条一項ただし書を適用して被告人A1に負担させないこととする。

二  被告人Bについて

被告人Bの判示第三の一の所為は新法六〇条、一九九条に、判示第三の二の所為は同法六〇条、一九〇条にそれぞれ該当するところ、判示第三の一の罪について所定刑中有期懲役刑を選択し、以上は同法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により重い判示第三の一の罪の刑に同法四七条ただし書の制限内で法定の加重をした刑期の範囲内で被告人Bを懲役五年に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数中四〇〇日を右刑に算入し、訴訟費用は、刑事訴訟法一八一条一項ただし書を適用して被告人Bに負担させないこととする。

(量刑の理由)

一  被告人A1について

本件は、被告人A1が、(1)ガソリンスタンド事務所内のレジスター等から現金を窃取し(判示第二の一)、四日後、駐車中の自動車からナンバープレート一枚を窃取し(同第二の二)、翌日早暁、ホームセンターに侵入しようとした際、警備センサーの発報により駆け付けた警備員に発見され、事務所に同行を求められた際、同人を制圧して金員を強取しようと企て、判示の暴行を加えて同人及び店の現金を強取したが、その際、判示の傷害を負わせ(同第二の三)、その後、自動車を運転して逃走していたところ、右事件の発生による緊急配備のためパトカーに乗車して検問等の職務に従事していた警察官に発見、追跡されたことから、これを振り切ろうと考え、数回にわたり、右パトカーに自車を衝突させるなどして、警察官の職務の執行を妨害するとともに、右パトカーを損壊し(同第二の四)、その後、逮捕、勾留を経て、右窃盗、強盗致傷、公務執行妨害・器物損壊罪で起訴されたが、その後、病気を理由に勾留の執行停止を得て病院に収容されたところ、翌日、右病院を抜け出し、逃走用の自動車を窃取し(同第二の五)、(2)その後、被告人Bから紹介された××建設において、佐々木保の偽名で勤務していたところ、判示のとおりの経緯で被害者と反目し合っていた社長D1及びその妻D2から、被害者の殺害を依頼されたことから、被告人Bを引き込み、右三名と共謀の上、被害者を殺害し(同第三の一)、その死体を遺棄した(同第三の二)、という事案である。

(1)の犯行のうち、強盗致傷の事案については、被告人A1は、前示の経緯のとおり、侵入先のホームセンターにおいて、警備員遠山に発見され、事務所に同行を求められたことから、この上は、同人を制圧してでも金員を得ようと考え、本件犯行に及んだというのであり、その動機に酌量の余地はまったくないこと、犯行の態様をみても、電気コード等で緊縛されて身動きがとれない遠山に対し、鋭利で切っ先のとがった刃渡り約12.3センチメートルのくり小刀で頸部を切り付け、これを逃れようとした遠山の背部及び後頭部を突き刺すなど、執ようで危険なものであること、被告人A1の右行為により、遠山は全治約三週間を要する傷害を負い、事件から約三年余り経過した現在においても、頸部には痛々しい傷跡が鮮明に残っている上、単身で助けを求めるすべもなかった同人が受けた恐怖感は甚大であること、本件強盗致傷の被害額も一六〇万円余りに上り、多額であること、遠山に対し何ら慰謝の措置が講じられておらず、遠山は、被告人A1の厳重処罰を望んでいること、公務執行妨害・器物損壊の事案については、約二五分間、約二〇キロメートルにわたって、パトカーとカーチェイスを繰り広げ、三回にわたりパトカーに自車を衝突させたもので、その犯行態様は大胆かつ危険極まりなく、まことに悪質であること、被害額は四五万円余りに上り、多額であること、窃盗の事案については、現金、ナンバープレートを次々と盗み、勾留の執行停止命令を得て収容された病院を抜け出した後、逃走用の自動車まで乗り逃げするなど、常習性が認められるとともに、この種事犯に対する規範意識の欠如は甚だしいことを考慮すると、その刑責は重いものである。

(2)の犯行については、被告人A1は、前示の経緯のとおり、勾留執行停止中に逃走し、××建設で建設作業員として勤務しているうち、同社社長のD1から目をかけられ、D1と反目していたE1に対する不満を聞くうち、D1にE1殺害を提案し、D1に同情すると共に右殺害によって得られる報酬等も期待して、E1殺害を決意し、本件犯行に及んだというのであり、その動機に特段酌量の余地はない。犯行の手段及び態様をみても、被告人A1は、被告人Bと連絡を取り合って、E1の死体を遺棄する場所を確保しただけでなく、穴を掘るためのパワーショベルを準備し、言葉巧みにE1を連れ出すなど、計画性が認められるとともに、パワーショベルで縦幅が底部で約五メートル、横幅約三から四メートル、深さ約三から3.5メートルの巨大な穴を掘り、被告人A1から命を狙われているとは夢にも思っていなかったE1を右穴の中に突き落とし、容易にはい上がることができないながら、何とかして逃れようとするE1に対し、パワーショベルのバケット部分を使って、追い掛け回し、バケットで全身を殴打したりしたり、うつ伏せになったE1の背中をバケットで押しつぶして、とどめを刺すなど、執ようで残虐かつ非道なものである。何よりも一人の人間の生命を奪った結果はまことに重大である。とりわけ、E1は、被告人A1と特段敵対していた関係にはなかったのに、前示のような残虐な方法で突然死に追いやられたE1の無念さ、悲しみは察するに余りがある。また、本件によりE1の姉をはじめ遺族に与えた精神的衝撃にも重大なものがあるが、遺族に対し何ら慰藉の措置は講じられておらず、遺族の処罰感情にも極めて厳しいものがある。被告人A1は、言葉巧みにE1を誘い出し、自らE1を殺害し、その死体を遺棄したもので、本件において積極的役割を果たしているところ、当公判廷において、本件犯行の実行行為者は松本なる人物であるなどと供述するなど、十分反省の態度がみられない。

以上、本件各犯行自体の犯情に加え、被告人A1は、前記の累犯前科を含め、窃盗、強盗致傷、傷害罪等の前科七犯を有することなども併せ考えると、その刑事責任は極めて重いといわなければならない。

しかし、他方、(1)の犯行のうち、強盗致傷の事案については、被害にあったホームセンターに対しては約一三〇万円余りが、遠山に対しては三〇〇〇円がそれぞれ還付されていること、窃盗、公務執行妨害・器物損壊の事案については、事実を素直に認め、反省の態度を示していること、(2)の犯行については、被告人A1が本件犯行に及ぶに至ったについては、D1及びD2の存在が無視できないところであり、D1は、被告人A1に対し、執ようにE1の悪行のかぎりを述べ立て、被告人A1にE1の殺害を決意させるなど、本件の原因を作っているといえること、E1も、暴力団組員とのトラブルを処理するため、××建設の用心棒として雇われたことを逆手に取り、功労金と称してD1に対し多額の金員を要求するなど、本件犯行に遭遇する遠因を招いたものとも解し得ること、被告人A1は、本件犯行当時、建設作業員として真面目に働き、勤務態度自体は良好であったこと、被告人A1は、法廷における態度等からは、優秀な知能を有し、その生き方次第では社会に大きな貢献をなし得る人物ともみられるが、幼少時不遇な環境に置かれ、これが一因となって曲がった道を歩み、これを自ら修正して正道を歩むことができず、犯罪を重ね、四九年の人生のうち二〇年以上も少年院、刑務所等の施設で生活を送ってきたもので、その半生の環境下に同情し得る側面もあることなど、被告人A1のために酌むことができる事情も認められる。

そこで、以上の諸事情を総合考慮すると、前示の被告人A1のために酌むべき事情を最大限に斟酌してみても、被告人A1を無期懲役に処するのはやむを得ないと判断したものである。

二  被告人Bについて

被告人Bは、前示のような経緯で犯行を企てた被告人A1らから頼まれ、同被告人らと共謀の上、判示第三の一及び二の各犯行に及んだというものであるところ、被告人A1について述べた事情のほか、いかなる事情があるとはいえ、犯行に加担した動機は短絡的かつ無思慮というほかなく、被告人Bの果たした役割も、必ずしも小さいものではないことなどに照らすと、本件の犯情は悪く、その刑事責任は重いといわなければならない。

しかし、他方、被告人Bは、被告人A1らからの要請により本件犯行に加担したもので、自ら実行行為を担当したわけではなく、同被告人らの犯行に協力したという側面が強く、同被告人らに比べれば、共同正犯が成立するとはいえ、従属的な立場にあるとみられること、現在、本件犯行を真摯に反省、悔悟していること、これまで土木作業の仕事に従事するなどして稼働し、苦労しながらもおおむね真面目に暮らしてきたこと、既に六九歳と高齢であること、慢性心不全等の持病があり、健康状態はよくないこと、友人が被告人Bの更生を援助する旨約していることなど、酌むことができる諸事情も認められるので、以上の諸事情を総合考慮の上、主文掲記の刑に処するのが相当であると判断した。

よって、主文のとおり判決する(求刑 被告人A1に対し無期懲役、くり小刀等没収。被告人Bに対し懲役一〇年。)。

(裁判長裁判官横田信之 裁判官西﨑健児 裁判官中川博文は転補のため署名押印することができない。裁判長裁判官横田信之)

別紙

一 訴因

被告人は、平成六年一一月一九日午前三時三九分ころ、窃盗等の目的で、長野県南佐久郡佐久町大字宿岩三八七番地一所在の株式会社アックス(代表取締役大草一男)佐久町店に侵入しようとした際、同所に設置されている警備センサーの発報により駆けつけた長野県パトロール株式会社警備員遠山浩一(当時二九年)に発見され、同店事務所に同行を求められたところから、同人を制圧して金員を強取しようと企て、同日午前三時五一分ころ、同事務所において、同人に対し、所携のくり小刀(刃渡り約12.3センチメートル)を突きつけ、電気コード等で両手及び両足を緊縛して、その反抗を抑圧した上、同人から現金約三〇〇〇円を、同事務所の金庫から株式会社アックス所有にかかる現金約一六三万五五四九円を各強取した際、同人を殺害しようと決意し、緊縛されて横たわっている同人に対し、頸部及び背部等を右くり小刀で切りつけ、突き刺すなどしたが、間もなく、同人が右長野県パトロール株式会社に電話で助けを求めて救助されたため、同人に全治約三週間を要する頸部切創、背部刺創等の傷害を負わせたにとどまり、殺害の目的を遂げなかったものである。

二 罰条

強盗殺人未遂 刑法第二四〇条後段、第二四三条

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